集団災害時における一般医の役割

〜 Mass-gathering medicine 〜

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2.集団災害医療

 国際サッカー大会の人気はオリンピックを凌ぐといわれている。世界中のサッカーファンが心待ちにしている大会であるが、過去の大会において様々なアクシデントにより多数の死傷者が発生していることを考慮すると、事前の十分な医療体制の確立が特に必要登考えられる。事前準備の一環として、スタジアム内で将棋倒しが起こるというモデルを想定し訓練を行った。この訓練時の様子をもとに集団災害時の医療対応の流れを説明・解説する。

 一度に多数の死傷者が生じた場合の医療対応は、まず、救助を要する対象者の存在を知り、探し出し、救出することから始まる。次に救出された傷病者の重症度と緊急性を速やかに判断し、処置や搬送の優先度を決め、さらに傷病者の医療機関への搬送、そして医療機関での治療という順になる。

 この各段階においてトリアージを受ける必要がある。

 災害初動期の基本的な流れの中で、特にキーワードとなるのはTriage、Treatment、Transportationの三つで、災害医療活動の3Tと言われる。

 トリアージという言葉はフランス語の選別を意味する言葉に由来し、もともとコーヒー豆の選別作業時に使われていたものである。

 災害時におけるトリアージの概念は、「限られた人的物的資源のなかで最大多数の傷病者に最善を尽くすために、傷病者の緊急度と重症度により治療優先度を決める」ことにある。トリアージは限られた医療資源を最大限有効に使って、1人でも多くの傷病者を助けようとする集団災害医療に欠かすことのできない重要な仕事である。

 トリアージは災害現場のみならず、救護所、搬送時、医療機関において繰り返し行われる。病院到着前の災害現場・救護所でのトリアージとは、治療、搬送の優先順位を付けることにある。災害現場の混乱を医療機関の中にまで持ち込んで、助かるべき人を失ってしまわないようにこの重要な作業を行うのである。さらに医療機関到着後でも多数の負傷者が搬送された場合、診察の順位、緊急手術を必要とされる負傷者が多数いた場合には、その優先順位を付けなければならない。

 トリアージを行う場合の優先度とは、早期に治療開始されれば良好な予後が期待されるものにも重点がおかれる。診断的重症度だけで優先度が上がるものではない。

 通常の医療においては医療機関のキャパシティが重症患者数を上回っているが、集団災害発生時は負傷者数が医療キャパシティを上回ってしまう。トリアージとは、多数の傷病者の重症度と緊急性を短時間内に判断し、どの人からまず搬送・治療すべきかを決めることである。従ってトリアージを行う対象となる被災者の数と、病院や医療スタッフ等の医療資源がどれだけあるか、ということによってその判断は変化してくるものなのである。

 トリアージのための道具として、トリアージタックが使われる。このタックを患者に付けることによりその傷病者の緊急度、重症度が一目で判別でき、カルテとしても利用される。また傷病者の整理・集計にも役立つものである。トリアージタックは三枚複写となっており、一枚目は災害現場のトリアージポストではずして保管する。二枚目は搬送機関用で、三枚目はカラーコードが付いており収容された医療機関のためのものである。

 タッグには通し番号が付いている。傷病者の氏名、性別、住所、分かれば電話番号とトリアージ実施者の名前を記載し、また所見も簡単に記しておく。トリアージの分類を決めたら、その色を残し余分なカラーコードをちぎり取る。タックを付ける部位は原則として右手関節、外傷等で付けられなければ左手関節、足関節、頸部の順となっている。トリアージ分類を変更するときは古いタックを捨てず大きな×印を付け、その上に新しいタッグを付ける。

 緊急治療群は、すぐに治療を行わないと生命の危険が迫っている重症者で、しかも処置によって回復が見込める人、この群は赤色とされる。準緊急群は少し時間の余裕があると思われる傷病者で、黄色とされる。治療保留群は自分で歩ける比較的軽症の傷病者で、緑色とされる。死亡群は現場ですでに死亡している者、あるいは平時でも生存の可能性がほとんどない重症者で、黒が選択される。

 トリアージを担当する人を、トリアージオフィサーと言う。トリアージの基本的な知識を持ち、地域の医療事情にも通じている人が担当することが望ましい。

 トリアージの行う際の留意点だが、災害時におけるトリアージではきわめて早い判断が要求される。1人の患者につきおよそ30秒以内に、搬送・治療優先順位決定のための評価を行う。腹腔内出血のような生命予後にかかわる損傷は、四肢骨折のような機能予後にかかわる損傷に優先する。原則としてトリアージの際に治療は行わない。しかし例外がニつある。

 その例外とは気道障害と出血に関するものであるが、これらは緊急的に致命的であるため、その場での治療が要される。

 傷病者の中で騒ぐ者、近くにいる者等は優先したくなるが、重症者は目立たない中にいることを忘れてはいけない。より重症で、より静かな患者が早期の優先度と治療を否定される可能性がある。

 呼吸や心拍がある人に黒色タックを付けることは大変勇気がいる。苦痛の軽減や周囲の視線から保護することも大切である。

 大量の傷病者を迅速にトリアージするひとつの方法として、STARTという方式が提唱されている。START法はsimple triage and rapid treatmentの頭文字をとっており、医学的知識があまりなくても、呼吸、循環、意識レベルで緊急治療群と非緊急治療群の二群に分ける方法である。実際には最初に呼吸の有無を調べ、呼吸がなければ気道確保を行い、それでも呼吸がなければ非緊急治療群とし、呼吸が出れば緊急治療群とする。呼吸のある傷病者では、呼吸回数が1分間に30回以上は緊急治療群、30回以下であれば、次に橈骨動脈の脈拍を触れ、触れない場合には緊急治療群とし、触れる場合にはさらに従命可能かを調べ、不可能であれば緊急治療群、可能であれば非緊急治療群とする。

 各段階における、トリアージについて考えてみると、現場から医療施設まで患者はこの図のように一方向から流れる。そして各段階でトリアージを受ける。トリアージポストに集められた傷病者に対して現場トリアージ、そして搬送時にも再度、搬送トリアージが行われる。

 病院では診察や手術等のための病院トリアージが行われる。

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