長岡市医師会たより No.328 2007.7

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もくじ

 表紙絵 「美術館前」 丸岡稔(丸岡医院)
 「南アフリカにルーツを求めて〜その1」 田村康二(悠遊健康村病院)
 「闘え! 新潟」 森下美知子(森下皮膚科医院)
 「新型インフルエンザの対応について」 山本宏美(長岡保健所)
 「真打ち登場」 郡司哲己(長岡中央綜合病院)



「美術館前」 丸岡 稔(丸岡医院)


南アフリカにルーツを求めて  田村康二(悠遊健康村病院)

 タンザニアのオルドバイ渓谷から、大地溝帯にでたご先祖、原人たちはその後はどうなったんだろうか? そこから獲物を求めて四散したに違いない。第1の方向はエチオピアを経て、中東から世界中へと展開していった。第2には今のサハラ砂漠へと向かった。その足跡も今では次第に解明されいている。残る第3の道は南下して南アフリカへ到達したのだ。そうしてやがて喜望峰へ到達したに違いない。所で最近の研究では南アフリカでも人類が発生したのではないか?という後で述べる考古学的な発見が相次いでいる。私たちのご先祖は或いは南アフリカで生まれたかも知れないのだ。
 「タンザニアの次はどこへ行きますか?」と友人から聞かれた。「老い先短いだけに、まだまだ行きたい所は沢山あります。その内今は少なくとも3つを狙っています。1つは南アフリカ、2つにはインドネシアのテルナテ島です。3つ日にはロシアのバイカル湖です。いずれも私たちのご先祖に縁の地だからです。」と答えた。その内の南アフリカへ旅立つことにした。
 「アフリカヘ行ったら必ず旅行記を書いてくださいよ」と本誌の編集委員である春谷先生に約束をさせられた。何しろ彼の助け無しにはきままな旅行ができないので、再び「アフリカ再訪」を書くことにした。

 第一章 長岡からヴィクトリアの滝ヘ

 タンザニアへ行った疲れが回復したら、またアフリカへ行ってみたくなった。アフリカへの旅は4回目だが、それでもなお魅力的だ。「南アフリカ共和国の10月に咲く紫のジャカランダの花は素晴らしいそうよ」という家内の声が決めてとなつた。最近の考古学の研究では南アフリカ一帯から、原始人達の化石が相次いで発見されている。その情報にも惹かれて、再び共にアフリカヘ旅立つことにした。

1 南アフリカ共和国へ旅立つ

 昨年(2006年)10月11日(水)、南アフリカ共和国のジャカランダの花、サファリとヴィクトリアの滝などを見るために長岡を旅立った。「海外へ旅行した」というと、必ず「お一人でですか?」となぜか尋ねられる。こういう私には理解できない不思議な質問をする人がいる。第一70歳過ぎて妻帯者の一人旅なんて、哀れなものだ。余談になるが、5月の連休に中国の新盤ウイグル自治区へ旅した。何時もなぜか中国への旅は男性の老人の一人旅が異常に多い。トルファンのホテルの売店の入り口は「バイアグラあります」と大書されていた。「あれを買って誰に使うのかな?」と傍らの家内にいったら、「変なこと考えないで下さいよ!」と頭を抑えられた。ホテルの部屋に入ると間もなく、電話が鳴った。「お客さん、マッサージはどうですか?いい子がいますよ!」と言うのだ。翌朝朝食時に「夕べのマッサージは良かったな!」と一人がいうと、その相手が「私は良かったので2回も行ったよ」なんていう会話が聞こえてきた。一体昨夜はどういう日中交流をしたんだろう?と邪推したくなる。最も中国では相変わらず要人は男の一人旅らしい。日中友好医学20周年記念大会が北京の人民大会堂で8月に行われるので、招待されている。経費は私のは負担して呉れるのだが、家内の分は自己負担だという。欧米なら夫婦で招待して呉れる場合が多い。
 実はエイズが世界的に流行ってきた10年以上も前から、必ず夫婦で旅立つことにしている。その訳はアメリカの友人の一人があるときこう言ったからだ。「君が一人でアメリカにしばしば来るなんて、女房のケイコと離婚するんじゃないか?それでアメリカでの働き口を見つけに来ているんじゃないか?よかったら俺のクリニックを一緒にやらないか?」「いや、ありがとう、そうじゃないんだ」と答えた。すると「エイズが流行ってきてからは、男の一人旅はドクターでも怪しまれるよ。医者にもけっこうホモはいるからね。ホテルのロビーで日本の団体客を見ていると、男同士で一つの部屋へ行くのが多いようだね。第一日本人は男女の性特徴がはっきりしないから、本当はホモが多いんじゃないか?」
 10月21日、長岡を昼ごろの新幹線で発ち、直接に成田空港へ行った。そこからキャセイ・パシフィック航空CX505便・18:30で香港へと飛んだ。この航空会社は昨年の国際航空社の中では人気の第一位に輝いたのだという。少なくとも最近は不評なJALよりは機内食は質、量ともにましであった。この香港ルートが南アフリカへの最短距離らしい。4時間半後に着いた香港で乗り換えのために一時間半ほど小休憩した。
 22:45、再びキャセイ・パシ
フィック航空739便でなんと約13時間乗った。この間は実は南アフリカ航空も飛んでいる。この航空会社を最近使ってた知人の話では、キャセイよりは南アフリカ航空がお勧めらしい。その訳は座席がフル・フラットになるし、羽毛布団を提供してくれるサービスがあるからだ。それに対してキャセイの座席はせいぜい160度位にしか平らにはならないから、寝にくい欠点がある。長時間のフライトに備えて何時もCDや書籍を持ち込むのだが、殆ど利用した試しがない。最近の或る研究では航空機内の気圧の低下は、脳機能を10%以上低下させるとしている。それが原因なのだろう。ただひたすらうつらうつらしているだけで時間が過ぎて行く。ようやく南アフリカのヨハネスブルグ空港までたどりついた。着いたのは翌日の10月12日(木)の現地時間で06:55だった。

 念のため南アフリカの地図(図1・1)をご説明しよう。アフリカの南端が南アフリカ共和国だ。ヨハネスブルグは南アフリカ共和国の北1/3位に位置している。そのすぐ北にあるのが首都でジャカランダの花で埋め尽くされるプレトリア市である(図中央、右より)。図の中央最上部にあるのが世界3大滝の一つで有名なビクトリア滝だ。滝は南アフリカ共和国、ジンバブエ共和国とボツワナ共和国の3国にまたがっている。なお喜望峰は南方の最先端にある。
 「皆さん、Good Morning! 南アフリカ共和国へようこそ。このヨハネスブルグ市は残念ながら世界で一番危険な都市だといわれています。空港内でも身の安全は保証できません、だから皆さんは必ず一団になって行動してください」と現地の旅行社の白人の若い男性から説明があった。「ヴィクトリアへの飛行機のトランジットには時間がありますから、直ぐそこのトイレで取り合えず用を足してください。それ以外には決して群れから外れないように注意してください」流石にサファリの地だけある。ライオンは群れから外れている獲物を狙うからだ。
 トイレを待つ間にその若者に尋ねてみた。「ヨハネスブルグの治安が悪いのは何故ですか?」すると「南アフリカの住民はもともとから、野蛮なのではありません。わが国の不幸なアパルトヘイト政策のために、満足な教育を受けられなかった世代の人々がいます。彼等には倫理観が十分に育っていないのです。しかし今や教育は若い世代の人々にも次第に普及しています。だから治安の回復は時間の問題だと思います」と頼もしく答えてくれた。ついでに「あなたはアフリカ人ですか?」と聞いたら、「私は先祖がイギリスから移住して13代目です。だから私はアフリカ人だと自覚しています」と答えてくれた。(続く)

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闘え! 新潟  森下美知子(森下皮膚科医院)

 表題はサッカーJ1アルビレックス新潟の今季のスローガンです。チームは正に闘い続け、6月30日時点で3位に浮上し、シーズン半ばを折り返しました。
 私とアルビとの出会いは、アルビがまだJ2の頃のアルビレックス新潟後援会の方からのお誘いからでした。息子が新潟お笑い集団NAMARAの芸人で、アルビのホームゲームの場内アナウンスを担当させていただいております。「息子さんの職場を見学に来ませんか?」と声をかけていただき、主人と2人で東北電力ビッグスワンスタジアムに出かけました。放送室などスタジアムの設備を見せていただき、そのあとメインスタンドで観戦させていただきました。そのときの驚き!オレンジの大勢のサポーターが、スタジアムが揺れるように応援しているのです。試合が始まると、選手達が走る、走る……ボールが動く、動く……ゴールが決まると大歓声!! 凄い迫力です。サッカー観戦にすっかりはまってしまいました。
 ひたむきにボールを追う選手を応援するのは勿論ですが、私がスタジアムに惹きつけられるのにはもう1つ訳があります。それは、ほほえましい家族のかたちを多く目にできるからです。おじいちゃん・おばあちゃんに連れられたお孫さんたち、若いパパ・ママとかわいいお子さん、年配のご夫婦などなど。昨年丁度日程が合い、アウエーの鹿島スタジアムに息子と一緒に出かけてきました。試合は残念ながら惨敗でした。観戦前に鹿島神宮で勝利祈願をしたのですが……ゴール裏で応援していた私たちの前に、3人の男の子を連れた若いご夫婦がいました。1番上のお兄ちゃんは小学校1、2年くらい、パパとずうっと立って応援を続けていました。2番目は3歳くらい、飛び跳ねながら応援するサポーターの中、試合中ほとんど座席の上でお昼寝でした。試合終了間際、「そろそろ起きて応援しないと、大変なことになっているよ。」とママに起こされていました。3番目は1才くらいで、試合の最初から最後までママの背中で眠っていました。若いパパとママの熱意に感動!子どもたちの未来に躍動あれ!なんだか心が暖かくなって帰って来ました。最近信じられないような家庭内の事件が連日のように報道され、心が暗くなってしまいます。サッカーを通した家族の結びつきもいいのかなと思っています。我が家でも、サッカー観戦のために県外に住む子どもたちが帰ってきますし、アウエー観戦でもなければ息子と旅行する機会などないでしょう。アルピが正に家族の絆になっています。
 アルビには女子チームもあります。なでしこリーグ2部で昨シーズン優勝し、今季1部に昇格しました。さすがに1部と2部の力の差は大きく、今の所苦戦を強いられています。アルビレディースの選手は仕事を持ちつつプレーをしており、それだけでも応援したくなってしまいます。男子チームのような力強さはないかもしれないけど、なかなか巧みなプレーを披露します。そしてひたむきさは男子チームに決して引けをとりません。最後の最後まで諦めない、手を抜かない、この点については女子チームの気持ちのほうが強いかもしれません。(もしかして女性の特性かも?)今季は、なでしこリーグカップが1試合長岡で開催されます。9月2日(日)長岡市営陸上競技場12:00キックオフ、対バニ−ズ京都サッカークラブです。是非ご覧になってみてください。女性のひたむきさを感じていただけると思います。
 世の中のいろいろな意識の変化に伴い、仕事上のストレスは増加の一途をたどっているように思います。鈍感力を自負している私でさえへこんでしまうことが多々あります。こんな時こそサッカーです。夕闇に煌々と浮かぶビッグスワンのナイターもよし、また爽やかな風の吹き抜ける中、芝生の緑の香りが漂うデイゲームもよし。必死にゴールを狙う選手に声援を送る4万人のサポーターの1人として。この一体感は素晴らしい! ストレスを感じていらっしゃる先生方、是非ビッグスワンにお出かけ下さい!たくさんの感動が待っています!

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新型インフルエンザへの対応について  山本宏美(長岡保健所)

 去る5月29日に開催されました長岡市医師会懇談会において、新型インフルエンザ対策と今後の課題などについてお話させていただく機会を与えられました。その後、医師会報を通じて会員の先生方へ内容をお伝えしたらどうかといったご提案をいただき、この度、寄稿させていただくこととなりました。
 はじめに、鶏、七面鳥などの鳥類に感染するインフルエンザのうち、それらを高率に死亡させるタイプを高病原性鳥インフルエンザといいます。この原因ウイルスは基本的には家きんの間で限定的に感染すると考えられていましたが、1997年に香港で発生した事例は鳥類からヒトへ直接感染していたことが確認されました。その後も高病原性鳥インフルエンザが鳥からヒトヘ感染する事例は東南アジア、中近東、アフリカ、ヨーロッパなど12か国で、291人にのぼり、そのうち171人(約58%)の死亡が確認されました(WHO:H15.12〜H19.4.10)。
 このウイルスが、高い致死性を維持しながらヒトからヒトへ効率的に感染する性質を獲得し、いわゆる新型インフルエンザに変異した場合、短期間で世界的な流行を起こし、甚大な健康被害を及ぼすことが懸念されています。
 こうした状況で、万が一感染者が発生した場合、効果的な封じ込めを行うために国、県などの行政がこれまで行ってきた新型インフルエンザヘの対応の具体例と、国の専門家会議が策定した「新型インフルエンザ対策ガイドライン(※フェーズ4)」の概要について説明いたします。
 まず、国・県の行政機関がこれまでに行ってきた主な新型インフルエンザへの対応としては、

 1 新型インフルエンザ対策行動計画の策定(国:H17.11.30、県:H18.1.31)

 2 行動計画を踏まえた具体的対

(1)新型インフルエンザ対策推進本部設置(国:H17.10.28、県:H18.2.2
(2)治療薬の備蓄:リン酸オセ
ルタミビル(商品名:タミフル)の必要量試算に基づき、国及び県において備蓄中
(3)その他:県の対応
 ア 医療機関等への情報提供
(厚生銘刀働省作成のQ&A配布等)
 イ 県民への情報提供及び注
意喚起(県ホームページ等)
 ウ 検査体制の整備(保健環境科学研究所に検査キット配置)

 3 指定感染症への指定等(H18.6.12施行)

(1)感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行令改正
(2)検疫法施行令改正
(3)「新型インフルエンザ対策
ガイドライン(フェーズ4)」策定

などが挙げられます。
 つまり、より効果的な新型インフルエンザの封じ込めを行うために、様々な行政機関あるいは担当部署同士で情報を共有しあうとともに、一般住民の方々が、過度な不安をもつことがないよう情報提供を行っております。さらに、県内で感染者が発生した場合に備え、必要な薬剤量を算出し、それへ向けての備蓄を行っております。
 今後はさらに、医療提供体制の確保、サーベイランス体制の強化、あるいは県の新型インフルエンザ対策行動計画の見直しなどを行う必要があります。
 次に、今年3月、国の専門家会議を経て、「新型インフルエンザ対策ガイドライン(フェーズ4)」が公表されました。内容は14種類のガイドラインで構成されておりますが、これらのなかで、特に医療分野に関係するガイドラインとして、以下の6種類があげられます。

 1 新型インフルエンザ発生初期における早期対応戟略ガイドライン
 2 医療体制に関するガイドライ
 3 医療施設等における感染対策ガイドライン
 4 医療機関における診断のための検査ガイドライン
 5 新型インフルエンザワクチン接種に関するガイドライン
 6 抗インフルエンザウイルス薬に関するガイドライン

 これらガイドラインの中では、新型インフルエンザ患者を医療機関で受け入れるにあたっては、患者が発生した初期の段階では、感染症指定医療機関で療養することを原則としていますが、患者数が増加した場合、その他の病床を転用することが提示されています。さらに感染が広がり、膨大な患者が発生した場合、医療機関以外の施設、例えば旅館やホテルなどの宿泊施設で患者を収容することが示されています。また、「発熱外来」を設置することにより、新型インフルエンザとそれ以外の患者の振り分けを行い、両者の接触を最小限にし、感染拡大を防止するとともに新型インフルエンザの診療を効率化することなどが挙げられております。
 また、医療従事者などが患者(疑い者)と直接対面して接する場合は、基本的にガウンやN95マスク、ゴーグル、手袋などの個人防護具を装着することなどが提示されております。さらにこうした医療従事者に加え、救急隊員、警察官など社会機能維持者については、予めワクチンを優先的に接種することができるよう体制を整備することが示されています。ここで使用されるワクチンは鳥−ヒト感染をおこしたウイルスをもとに作成した(現在、承認手続き中)もので、プレパンデミックワクチンといわれるものです。WHOがフェーズ4を宣言した時点で、必要性を検討したうえで接種を開始するとしていますが、プレパンデミックワクチンは、ヒトーヒト感染を起こしたウイルスをもとに製造するパンデミックワクチンの供給体制が整うまでの間、応急的に接種することとされています。
 これまで述べてきました医療機関、行政機関が実施する対策がより効果的に実行されるためには、さらに市町村、事業所あるいは一般家庭で個別に対策を講じることも重要であることから、それぞれ個別分野ごとのガイドラインも作成されておりますが、今後の周知方法が課題であるといえます。
 しかしながらこれらガイドラインの内容は、あくまで国の専門家会議が指針として公表したものであります。現在県におきましては、これらのガイドラインの内容を踏まえ、なおかつ新潟県内の実情に即したかたちで、効率的な施策を講じることができるよう、検討を続けているところであります。
 最後に、これまで説明いたしました行動計画やガイドラインは厚生労働省、新潟県のホームページで公開されていますので、参考までにご覧ください。

※フェーズ4:ヒトからヒトへの新しい型のインフルエンザ感染が確認されているが、感染集団は小さく限られている。

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真打ち登場  郡司哲己(長岡中央綜合病院)

「あれ、藤原正彦先生の講演会があるのね、行ってみたいなあ。」と家人が申しました。一般医家向けの医学の講演会のパンフレットです。忘れないように家へ持ち帰り、冷蔵庫の扉に貼って置いたもの。今回は医学講演一題と文化講演一題…こっちがいま評判の藤原正彦教授…の組み合わせでした。

「たぶん、頼めば医師の同伴者も聴講はオーケーだと思うよ。夕方だからホテルに一泊してもよいし。」

 ふたりで相談の結果、高齢犬の“ゆめ”をホテルに預けないで、日帰り上京に決めました。2時の新幹線で上京、2時間半の講演会に参加。8時の下りで9時半に長岡駅着。自宅に10時着で、実質8時間の飼い主不在時間の予定。
 かかりつけの獣医さんは犬のお泊りも引き受けてくださいますが、先日は旅行から戻ると、“ゆめ”の声が嗄れていました。夜にケージで鳴いて(=泣いて)いたんだと思います。15歳の高齢で寂しがりになり、昼寝起きに家人がそばにいないと、家中をさがし回ったりします。そこでこの“ゆめばあちゃん”が天寿を全うするまでは、遠くへ出かけず、できるだけ自宅で面倒を見ることにしたのでした。

 さて講演会の会場は皇居間近のPホテルです。家人に二本立て前半の医学講演の時間は暇つぶしにレストランでアフタヌーン・ティーでも?と勧めました。ひとりは嫌らしく、結局わたしと並んで聴講開始。中休憩はホールでお茶タイム。ふたりでオレンジジュースを飲みました。これが絞りたてらしく、香りよくとても美味でした。

「さすがPホテルね。おいしい。」
「講演その一、退屈だったろ?」
「いいえ、よく理解できました。オシロ…とか言う機能検査が有用なのね。」と家人。
「あっ、藤原先生が向こうから、入って来られたわ。真打ち登場ね。」

 ということは先ほどの某大学准教授の医学研究の講演は「前座」に相当するわけね。すみません、医学関係者の皆さま。この夫婦はいつも落語寄席くらいしか行かないもので。さてその真打ち、ベストセラーの「国家の品格」の著者、藤原正彦氏は紹介を受け、気乗り薄の茫洋とした雰囲気で登場。訥々とした口調で日本の国情と未来について語られました。いわく経済優先の価値観に堕落した現状、昔は新渡戸稲造の紹介した「武士道」の側隠の情を重んじた、いわく日本は貧乏であっても貧困ではなかった、江戸から明治時代の読み書き算盤教育で識字率は世界一だった、いわく自然を愛する日本人の情緒の優位性等々。その本の要旨かと思われるお話。(わたしも家人も書評しか読んでおらず、不確かですが。)堂々の一時間半の講演でした。後半は熱弁も奮われました、あくまで稀にですけど。

「やる気があるのか、ないのか、わかんない話しぶりだったね。」
「でもうれしかった。じかにお話が聞けて−。こども時代の貧乏のお話されたけど、本で読んだわ。」

 家人は今回のブームの以前から、「遥かなるケンブリッジ」「父の威厳・数学者の意地」などの著書を読んでのファンでした。1943年生れの63歳のお茶の水女子大教授、専門は数論。あるネット記事によると哲学の土屋賢二と並ぶお茶大の看板教授とありました。

 帰宅すると、居間のソファで老犬は安眠中でした。たぶんおやつの夢でも見ながら。

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