自然災害発生時における 医療支援活動マニュアル

平成16 年度 厚生労働科学研究費補助金 特別研究事業
「新潟県中越地震を踏まえた保健医療における対応・体制に関する調査研究」


目 次


 平成16 年10 月23 日午後5 時56 分に新潟県中越地方で発生した地震は、当初の震度が一部地域で7を記録し、その後11月10日時点までに震度6が4回、震度5が13 回、震度1以上の体感できる揺れの総数が742回を記録しており、初期の揺れの大きさにおいて平成7年の阪神・淡路大震災に匹敵するだけでなく、余震の多さと程度においてはそれを遙かに凌駕する近年稀に見る大震災であった。阪神・淡路大震災が都市型の直下型震災であったのに対し、新潟県中越地震は地方都市及び山間農村における直下型震災であり、前者が直後の大量の死亡者や火災による傷病、PTSD 等が強く懸念されたのに対し、後者では初期の被害は比較的小規模であったが、継続する余震や厳しい冬期を間近に控えて、避難所生活を送る不安などの影響によって、PTSD のみならず、抑うつ不安状態、適応障害、身体面での健康被害や生活機能低下など、多彩な症状や状態の変化が見られた。

 阪神・淡路大震災後、被災地に対する医療支援活動の必要性並びに重要性が、それまで以上に広く認識されるようになった結果、新潟県中越地震に対しては発生直後より多数の医療機関から支援班が派遣され救援活動が実施された。発災直後の医療支援活動がこれまでに例を見ないほど迅速かつ円滑に行われた一因として、事前に作成されていた災害時医療支援マニュアルやガイドブックなどの効果が挙げられる。

 しかしながら、その多くは急性期(発災後48 時間以内)の救急救命に関するものであり、地形や人口構造等の被災地域の特殊性に加え、急性期から亜急性期にかけての住民ニーズの変化などを考慮した包括的な被災地支援活動を行うためには解決すべき問題があることが今回の活動から指摘されている。例えば、医療支援体制の構築に関して県災害対策本部や市町村対策本部、地元医療機関と多数の非被災地からの医療支援班の調整に時間を要したことなどが挙げられる。

 本マニュアルは、今後起こり得る同様の災害に備えて、保健・医療・福祉に関連する諸機関がどのような役割を果たし、そしてこれらの機関が効率的かつ効果的に連携を図りながら体制を構築し、医療活動を行っていくための指針を示すものである。第1部及び第2部では急性期災害医療と亜急性期医療の災害時医療支援活動全般に関する指針、後半の第3部以降では高齢者介護予防と災害時小児医療現場の備え、精神保健医療、地域医療活動という個別の活動に関する指針を記載した。

 特に多くの医療支援班が関わると思われる亜急性期医療支援活動に関しては、参加した医療支援班等の構成要員である医師、看護師、薬剤師、後方支援担当者へのアンケート調査結果や活動報告、あるいは被災者のニーズアンケート調査をもとに指針を作成した。

 今後、同様の災害が起こった場合に派遣される医療支援班等が、限りある人材と資源を利用して、現地のニーズに即した効率的かつ効果的な医療支援活動を構築するために、本マニュアルが役立てば幸いである。

 なお、本マニュアル作成にあたっては、厚生労働省、新潟県、川口町をはじめとする関係市町村、新潟県医師会、新潟県看護協会、その他の関係医療機関及び関係団体の皆様に多大なるご協力をいただいた。この場をお借りして、改めて感謝を申し上げたい。

平成17 年3月
近 藤 達 也


目 次

第1部 急性期医療班活動マニュアル(日本集団災害医学会理事長 太田 宗夫)

・はじめに
・地震災害急性期における災害医療の評価
・急性期支援の目的
・本マニュアルの適用対象として想定する地震災害
・急性期支援を決めるための要素と原則
・急性期支援の基本スタイル
・急性期医療展開の全体構図
・とくに重要な災害急性期医療行動
・記録
・撤収
・報告書
・急性期支援医療者の心得
・まとめ

第2部 亜急性期医療班活動マニュアル(国立国際医療センター病院長 近藤 達也)

・はじめに
・災害後亜急性期医療支援活動に関する研究班からの提言
・医療活動調整員
  チェックリスト
  医療調整員マニュアル
・後方支援員
  チェックリスト
  後方支援マニュアル
   < 資料> 搬入物品一覧・活動状況報告
・医師
  チェックリスト
  医師マニュアル
  亜急性期の災害医療支援(医師編)解説
   < 資料> 緊急援助隊診療録
・看護師
  チェックリスト
  看護師マニュアル
   < 資料> 外傷処置・外傷のチェックポイント・熱傷看護・救護班員用健康管理セット・医療機材セット・救急蘇生セット
・薬剤師
  チェックリスト
  薬剤師マニュアル
   < 資料> 災害用処方せん・医薬品リスト・薬剤関連資材リスト・需要が予想される医薬品リスト

第3部 生活機能低下予防マニュアル〜生活不活発病を防ぐ(国立長寿医療センター研究所生活機能賦活研究部部長 大川 弥生)

・はじめに
・「動きにくい」から「動かない」と「動けなくなる」
・“生活不活発病”は「悪循環」を起して進行
・早期発見・早期対応の「水際作戦」を
・生活不活発病チェック表
・生活不活発病の予防・改善は生活の活発化で
・「できるだけ歩きましょう」ではなく具体的な指導を
・病気のある人は安静をとりすぎないように
・実生活の場での歩行・その他の生活行為の指導が基本

第4部 災害時の小児看護の対応〜小児医療の現場と避難所での対応(兵庫県立大学看護学部小児看護学教授 片田範子)

・小児医療の現場の対応と災害への備え
 小児医療現場の備え
 小児医療の現場が被災した場合の対応
・被災地で生活する子どもたちに関わる看護職者用ガイドライン
・避難しているこども達の把握
・避難しているこどもの生活環境の把握
・引継ぎ

第5部 精神保健医療活動マニュアル(国立精神・神経センター精神保健研究所成人精神保健部部長 金 吉晴)

・はじめに
・災害時における地域精神保健活動の方針
・災害時精神保健活動の特徴と留意点
・災害の心理的負荷と精神的反応・疾患
・精神医療対応
・災害後の時期に即応した精神保健医療活動計画
・災害時の自治体における活動チェックリスト
・精神保健医療チームの派遣団体活動チェックリスト
・精神保健医療チームの活動チェックリスト

第6部 災害時の保健活動〜保健師の派遣と受け入れの指針(兵庫県立看護大学看護学部地域看護学教授 井伊 久美子)

・活動指針 〜健康ニーズに対応する保健師の役割
・備えに向けての提言 〜上手に支援を受けるために
・フェーズ毎の支援内容 〜 新潟中越震災 保健師活動より
・派遣保健師に期待される動き
・保健師派遣の終了時期の見極め
・派遣期間
・派遣保健師の装備
・チーム構成
  <資料> 健康調査連名簿・巡回健康相談実施集計表・地域活動記録・避難所活動記録(日報)

終わりに