自然災害発生時における 医療支援活動マニュアル
平成16 年度 厚生労働科学研究費補助金 特別研究事業「新潟県中越地震を踏まえた保健医療における 対応・体制に関する調査研究」


第3部

生活機能低下予防マニュアル
〜生活不活発病を防ぐ〜

国立長寿医療センター研究所生活機能賦活研究部部長 大川 弥生


はじめに
「動きにくい」から「動かない」と「動けなくなる」
“生活不活発病”は「悪循環」を起して進行
早期発見・早期対応の「水際作戦」を
生活不活発病チェック表
生活不活発病の予防・改善は生活の活発化で
「できるだけ歩きましょう」ではなく具体的な指導を
病気のある人は安静をとりすぎないように
実生活の場での歩行・その他の生活行為の指導が基本


はじめに

 地震等の災害を契機として生じる廃用症候群( 以下、「生活不活発病」という) とそれによる生活機能低下への対応の重要性が強調されている(内閣府:中山間地等の集落散在地域における地域防災対策に関する検討会提言等)。

 その背景としては次の2点がある。

1 災害時における疾患・外傷の予防・治療・管理の重要性は広く認識され、適切な対応への努力が払われている。これに対して「生活機能」への認識と対応は、不十分であった。

2 高齢者が増加している現在、災害時における介護予防(生活機能低下予防)の具体化が急務。

 生活不活発病は生活機能低下の重要な原因であり、その予防・改善が介護保険制度改革における介護予防重視の流れのなかでますます重要視されるようになっている。

 本項では災害時における生活機能全般、特に生活不活発病の早期発見・早期対応の手助けとして、基本的な考え方を表1、具体的対策を表2にまとめた。その中のポイントをそれ以降に詳しく述べていくのでご活用頂きたい。

表1 災害時の生活機能 ※ 低下予防の基本的考え方

−ポイントは「生活不活発病」−

1 災害時には生活不活発病が多発  ⇒  生活機能全体が低下 災害直後だけでなく、中・長期にわたり進行(「生活機能低下の悪循環」)

2 原因は「生活の不活発化」−生活が不活発なら必発

 ・病気・外傷と関係なしに「環境因子」の変化だけでも生じる

 ・「心身機能」よりも「活動」(生活行為)や「参加」の低下が先に顕在化 ・「不活発」とは運動量の減少だけでなく、以下の全て

(1)生活行為(「活動」) の「質」的低下:生活行為が困難になるなど
(2)生活行為(「活動」) の「量」的低下:外出の回数・距離の減少など
(3)家庭内・地域社会での役割(「 参加」)低下:物的・人的環境の変化が影響

3 ハイリスク者:一見元気な高齢者でも注意

 (1)病人・障害者・要介護者

 (2)生活行為(「活動」) の低下がある人

 (3)一応自立していても「環境限定型自立」の人:
   例:「近くしか歩いていない」「壁や家具の伝い歩き」など

 (4)生活が不活発な人:地震後家事など家庭内での役割が低下、外出が少ない、など

4 対策の基本は「生活の活発化」− 「活発な生き生きとした生活」で自然に生活を活発化

 (1)生活行為(「活動」) の向上:「質」と「量」

  ・活動自立訓練、よくする介護 (不適切・過剰な介護サービスや車いすの使用などは生活不活発病を加速)

 (2)家庭・地域での役割(「参加」) の向上

表2 災害時の生活機能 ※低下予防の具体的対策

1 基本対策:早期発見・解決の「水際作戦」が基本

 (1)「生活不活発病チェック表」による早期発見

・緊急度・対応の内容の判断

・避難所入所時、自宅生活者への訪問時、医療機関受診時、等にチェック

 (2)生活不活発病※※への個別的・具体的対応

・「生活が不活発化」した原因の明確化

・生活行為(「活動」)向上指導:・実用歩行指導の重視(様々な歩行補助具の活用)

・実生活の場での指導

 (3)家庭・地域での役割、生きがい(「参加」) を向上

・避難所・仮設住宅の中でも積極的に役割をもつ 

・「参加」向上についての複数の選択肢を提示し、本人が選択

 (4)疾患治療時に、生活不活発病の早期発見と生活の活発化の指導

・「活動度」(どれだけ動くべきか)を指導

 (5)生活機能相談窓口を設置:訪問指導・訓練を積極的に行う

 (6)早期からの一般啓発:被災者・ボランティアへ

 

2 時期別の重点事項:

 (1)被災直後:・ハイリスク者の早期発見⇒ 個別的な指導・フォロー

・避難所の環境の整備:通路の確保、トイレへの距離の配慮など

・ボランティア教育の中で生活不活発病を指導

 (2)中・長期:・個別性と自己選択を尊重した活発な生活づくり

・積極的に新しい役割・生きがいを見つける

・新しいコミュニティづくり

 

3 平常時からの準備

 (1)生活不活発病を、広く国民一般に啓発

 (2)生活機能低下予防マニュアルの常備

 (3)指導者(保健師、ボランティア)研修

※生活機能:(1) 体・精神の働き、体の部分である「心身機能」、(2) ADL(日常生活行為)・外出・家事・職業に関する生活行為全般である「活動」、(3) 家庭や社会での役割を果たすことである「参加」、のすべてを含む包括概念。

 生活機能には健康状態(病気・怪我・ストレスなど)、環境因子(物的環境・人的環境・制度的環境)、個人因子(年齢・性別・価値観など)などが様々に影響する。 WHO・ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health; 国際生活機能分類)による概念。

※※生活不活発病:廃用症候群(学術用語)が「生活の不活発」を原因として生じることを、当事者自身に分かりやすくするための名称。

 「動きにくい」から「動かない」と「動けなくなる」

−廃用症候群は“生活不活発病” −

 

○ 災害のために「動くに動けない」状況が生じる。
  そのため「動かない」でいると、「生活が不活発」なことで起る「生活不活発病」が起って、「動けなく」なりがち。
○ 特に高齢者では起りやすい。
  高齢者ほど早く働きかけることが必要。
○ 生活不活発病は脳卒中などの病気の時だけでなく、原因やきっかけが何であろうと「生活が不活発」になると起る。正に「生活不活発病」である。
  まだ症状がはっきり見えなくても、「生活が不活発」になっていれば発生していると考える。
○ 避難所などで静かにしているから目立たないが、動き出すと生活不活発病を生じていたことが明らかになることも多い。

 

○ 生活不活発病は個々の心身機能の低下よりも、まず「活動」(生活行為)や「参加」(家庭や地域や社会での役割の発揮)の低下としてあらわれることが多い。

○ 生活不活発病の発見・対応のターゲットは、毎日の朝から晩までの生活行為の低下。個々の心身機能の低下ではない。発見には「生活不活発病チェック表」の活用を。(80頁

 

○ 生活不活発病は全身のほとんどの「心身機能」が低下する。体だけでなく、心や頭の働きも低下する。

 <例>

・フィットネス(心肺機能)の低下:“総合体力”が低下し、動いた時に疲れやすい。

・うつ状態や知的活動の低下(一見ボケ様):「心のケア」だけでなく生活不活発病としての対策が必要。

・起立性低血圧: 避難所などで昼間横になっている生活が続くと、立った時に血圧が下がって気分が悪くなり、めまい・立ちくらみがする起立性低血圧( 生活不活発病の症状のひとつ) が起りやすくなる。災害による疲れだろうと考えて、更に臥床すると生活不活発病を一層進行させることになる。気をつけよう。

“生活不活発病”は「悪循環」を起して進行

−「活動」・「参加」の重視を−

1 生活行為(「 活動」)の困難で加速

○ “生活不活発病”では「心身機能」全体が低下するが、それによって生活行為(「 活動」) が困難になる。

○ 生活行為が困難になると、家庭内の役割や社会参加(「 参加」)の範囲も狭くなり、更に「生活が不活発」になり、生活不活発病が一層進行する。 (災害による環境の変化も社会参加の阻害条件として加わる。)

○ このように生活機能(「心身機能」「活動」「参加」)が相互に関係しあって、悪化していく「生活機能低下の悪循環」が起る。

○ 高齢者は“生活不活発病”を起こしやすく、また一旦生じると「悪循環」を作りやすい。

 

2 「悪循環」を断ち切るには、生活を活発にすること。

○ 生活の活発化とは、生活行為(「 活動」)の「質」と「量」の両方を向上させること。

○ 家庭内の役割や社会参加(「 参加」) を拡大して、生活を活発にする。それにより「活動」の「質」と「量」も向上する。

 

3 「生活が不活発化」した原因の明確化

○ 災害が直接に生活不活発病を起こし、「災害だから仕方がない」というものではない。 下に示すように色々な要因による「生活の不活発さ」が直接の原因。

○ なぜ「生活が不活発」になったのかを考えて、生活を活発にさせる手がかりの発見を。

<例>

1.環境の大変化のために動けない人

 − 家の中が散乱したり、周囲の道が危なくて歩けない
 − 避難所で通路が確保されておらず歩きにくい
 − つかまるものがないので立ち上がりにくい、など

2.することがないので動かない人

 − 自宅での役割(家事・庭いじり、など)がなくなった
 − 地域での付き合いや行事がなくなった、など

3.「動かないように」と抑制されている人、している人

 − 家族の「危ないから動かないで」
 − 同じく「まわりの人に迷惑になるから動かないで」
 − ボランティアの「自分達がやりますから」

 

早期発見・早期対応の「水際作戦」を

1 災害で生じた生活不活発病( の危険性)を、早期に発見し早期に働きかける「水際作戦」註)が大事

註)「水際作戦」: 生活機能、特に活動( 生活行為) の低下、及びその危険性を早期発見・早期対応し、生活機能を短期間に向上させること。

※早期対応の内容⇒ 82〜84頁

2 ハイリスク者の早期発見を:一見元気な高齢者でも次のような人には注意。 早く働きかけないと急激に生活不活発病が悪化する。

(1)障害者・要介護者

(2)病人:重い病気だけでなく、高血圧、糖尿病などの慢性疾患、捻挫などの軽いケガも

(3)すでに生活行為の低下がある人(生活不活発病チェック表問1〜4,7,8)

(4)一応自立していても「環境限定型自立」の高齢者

例:「近くしか外を歩いていない」(問1) 、「壁や家具の伝い歩き」(問2)

(5)生活が不活発な人:家事など家での役割が少ない(問7,8) 、外出が少ない(問6)、等(問9)

3 「生活機能チェック表」による早期発見を

○ 被災直後から行い、緊急度や対応の内容の判断に役立てる

  ⇒ 災害前の状況から判断

  ⇒ 「災害前」の状況と「現在」の状況を比較して判断

○ 評価項目の他にも、難しくなっている生活行為に注意

○ 避難施設入所時、自宅訪問指導時などに活用を (“まず病気への対応が先で、おちついてから生活機能への対応”ではなく、同時に行う)

 

生活不活発病チェック表

*各項目で、一番よい状態ではない場合は要注意。生活不活発病がはじまっている恐れがあります。特に「災害前」より「現在」が低下している場合には早く手を打たねばなりません。 災害前から低下していた場合には、これ以上低下しないように注意しましょう。

生活不活発病の予防・改善は生活の活発化で

1 生活不活発病の予防・改善の鍵は「生活の活発化」。

○ 生活不活発病の個々の症状(筋力低下など)の改善や、「できるだけ体を動かせばよい」のではない。

○ 一番望ましいのは、その人らしい、活動的で生きがいのある「活発な生活」を送ることで、生活不活発病の起る余地がないようにすること。

○ 災害前より以上に生活を活発化しないと、災害で生じた生活不活発病は改善できない。

 

2 「生活の活発化」とは、生活行為(「活動」) 全体の向上をはかること。

○ 実施する回数・時間(「 量」) だけでなく、「質」( 自立度、やり方)の向上が大事。

<移動での「質」の例>

 車いす移動よりはたとえ介護してもらってでも歩いて移動する方が質は高く、それが歩行自立(杖などを使って一人で歩ける)ようになれば一層高くなる。

○ 個々人の生活環境と状態に応じた生活行為のやり方についての個別指導が必要。

○ 避難所や仮設住宅など新しい環境で不自由さが出現した時、「そのうち馴れますよ」などとせず、その場所での生活行為のやり方を丁寧に指導。

 

3 「補完主義」に陥らない:

○ 歩行が不安定になったからすぐ車いす、介護が必要になったから、また外出する場所がないからすぐに介護サービスを提供すればよいのではない。

○ まず、生活行為の向上にむけた指導をする。

 

4 家庭や地域や社会の中での役割を果たすこと(「参加」向上) で生活の活発化をはかる。同時に満足感をもてるようになる。

<例>家事・修理・整理などを手伝う、地域活動や趣味、避難所の中でも役割をもつ。

○ 仮設住宅では新しいコミュニティのなかでどのような新しい活動・参加をするかが大事。

5 全ての人(専門職・ボランティアを含む)に生活機能低下予防、生活不活発病予防についての啓発が必要。

「できるだけ歩きましょう」でなく具体的な指導を

−啓発と一般的指導の原則 −

1 一般の人々には次のような思い込みが強い

 病気のときは安静第一

 年よりは無理してはいけない

 災害で打撃を受けているのだから無理はいけない

 体が不自由だから無理してはいけない

○ そのため「できるだけ歩きましょう。動きましょう」と指導しただけでは、不十分。逆にやりすぎて、逆効果になることもある。

○ 一日の中で行う生活行為(「 活動」) 全般について、安全に行えて(「 質」)、十分な「量」を確保できるように具体的な指導が必要。

○ 特に歩行についてはどの位歩いているのか、散歩、生活の中での歩行も含めて確認し、適切な指導を。歩行が不自由になったらすぐに対応を。(84頁

 

2 「日中横にならないように」との指導が大事。

○ 横になっている人はその理由を確認し指導を。

 <例>・することがない → 役割をつく

    ・動くと具合が悪くなる → 適切な疾患管理を(医師との連携で)

    ・動くと疲れやすい → 少量頻回の原則(83頁)で

 

3 フィットネスとしての散歩やスポーツは、気分転換も含め生活の活発化に効果的。

○ “避難生活なのに・・・”と遠慮せずに、むしろ積極的に行うようにはげます。

○ 「こんな時期に散歩やスポーツを」と思われないように、地域啓発も必要。

○ 体操もよいが、それだけでは不十分。

 

4 避難所では、

○ 昼間は毛布をたたむ。(つい横になりたくなるので)

○ 歩きやすいように通路を確保する。

○ 昼間の生活の場所(居間にあたるもの)を確保する。

○ 何らかの役割を見つける。

○ ボランティアによる必要以上の手助け、介護をさける。

 (ボランティアへの生活不活発病の啓発が必要)

病気のある人は安静をとりすぎないように

−病気の指導と一緒に「活動度」の指導を −

○ 生活不活発病のきっかけとなりやすいものに病気と疲れ易さがある。

○ 病気があると「安静第一」と考えて、「生活全般が不活発」な状態になり易い。
  生活不活発病を知らないと、それを起し、進行させてしまう危険がある。

○ 病気(小さな病気、災害前からの病気)についての相談を受けたり指導する時も、高齢者の場合には、同時に生活不活発病のチェックを。(80頁

3 病気の際には

○ 病気の際には「 安静度」の指導だけではなく、「どれだけ動くべきか」(「活動度」) の指導を医師と連携をとって行う。
  安静が必要な場合も、「この生活行為を、このようなやり方で、このような時間、回数で行って下さい。それなら大丈夫です」と指導する。

○ 本当に必要な安静だけにとどめる。

○ 局所的疾患・外傷では、局所的安静と全身の安静を別々に考える。
  局所は安静にしながら全身の活動性は保つようにする。

○ 「どういう“動き”をしてはいけないのでしょうか?」「どういう症状の出現に気をつける必要がありますか?」と医師にたずねるように指導する。
  医師から直接指導してもらうことで、安心して動けるようになることが多い。

4 疲れやすくなっているので注意を:少量頻回の原則

○ 病気のために疲れやすいこともあるが、生活不活発病そのものでも疲れやすくなる。
  そういう時に無理してやりすぎると疲れはててダウンする。
  一方、必要以上に安静をとると、ますます生活不活発病は進む。

○ 対策は、一回の量は少なくして、間隔(休憩)をおいて一日では回数多く行うこと(少量頻回の原則)。これで生活の活発化は達成し易くなる。

 <例>
 一度に30分歩けなくても、10分間歩行を3回行う。
 一度に家事を全部しようとせずに、細かく分けて行う、など。

実生活の場での歩行・生活行為の指導が基本

1 個別的・具体的指導のポイントは実生活での歩行

・ 歩くのが困難になっている場合、そこからの回復は緊急の課題。

・ 歩行はその他の生活行為に大きな影響を及ぼす代表的な生活行為(「活動」)であり、生活不活発病予防・ 回復のポイント。

2 T字杖だけに頼らない。車いすを使う前に歩行補助具の工夫を

・ T字杖(写真↓)で不安定になってきたら車いすしかないと考えがち。
  しかしシルバーカーや四点杖やウォーカーケイン(写真↓)のようなしっかりした歩行補助具の活用で、安全に歩けることが多い。

・ 立って洗面や炊事を行う時などに、手を放しても杖自体で立っている。疲れた時に、もたれて体重を支えてもらうこともできる。

3 実生活の場での指導

・ 歩行・その他の生活行為は、実際にそれを行う環境で指導することが効果的。
  広い訓練室では困難なことでも、正しい指導を受ければ居宅ではできることが少なくない。

・ 訪問指導で実生活の場で一緒に歩き、方向転換の仕方や止まっている時の安全な体重のかけ方、もたれ方などを指導していく。

・ 室内歩行では伝い歩きが有効。家具などを移動させ、伝い歩きしやすくする。

・ 立って洗面などをすることが難しい時は、洗面台や壁にもたれる方法の指導が有効。

・ 物が床に落ちた時はどこにつかまってどう拾うか等、危険性を想定しての指導も大事。

左から T字杖(これだけと考えないように)

    四点杖(安定がよく、手を放しても立っている)

    ウォーカーケイン(非常に安定がよく、多少もたれても大丈夫)

    シルバーカー(荷物を運んだり、腰掛けて休める。避難所,施設内でも使える)


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