自然災害発生時における 医療支援活動マニュアル
平成16 年度 厚生労働科学研究費補助金 特別研究事業「新潟県中越地震を踏まえた保健医療における 対応・体制に関する調査研究」


第6部

災害時の保健活動
〜保健師の派遣と受け入れの指針〜

兵庫県立看護大学看護学部地域看護学 教授 井伊 久美子


活動指針 〜健康ニーズに対応する保健師の役割
備えに向けての提言 〜上手に支援を受けるために
フェーズ毎の支援内容 〜 新潟中越震災 保健師活動より
派遣保健師に期待される動き
保健師派遣の終了時期の見極め
派遣期間
派遣保健師の装備
チーム構成
  <資料>
  健康調査連名簿・巡回健康相談実施集計表・地域活動記録・避難所活動記録(日報)

終わりに


 平成16年10月23日17時56分に発生した地震は、マグニチュード6.8、最大震度7であり、新潟県中越地方に広範で甚大な被害をもたらしました。ピーク時の避難者は10万人を超え、多くの土砂崩れや家屋の倒壊があり、全村避難を余儀なくされた村もありました。震災後3週間を経てもライフラインが途絶えたままで、避難勧告が継続していた地区もあり、懸命な復旧活動が続けられました。

 保健領域においては、阪神・淡路大震災以来10 年にして2回目の全国からの保健師の派遣支援がなされました。地震発生後4日目(10月27日)から終了(12月26日)までの期間、のべ5,585名の保健師が派遣支援に携わりました。自然災害時の被災者の健康ニーズは多岐に渡り膨大であり、同時に個別のきめ細やかなケアも期待されることになります。災害時の保健活動として阪神・淡路大震災の経験が大いに生かされ、支援活動が展開されました。保健師は組織的にケアを提供しながらニーズ集約をできるという意味で、保健師が動くと被災地に必要なことが見えてくると言われ評価されました。私たちは、所属は違っても、お互いに助け合うことができると言うことを学びつつあります。

 けれども、今回の被災者支援活動のプロセスからは、活動内容や方法、或いは記録や報告様式の標準化の必要性も明らかになりました。そして、お互いの経験を共有し、より充実した「備え」をしていくことの大切さも実感しました。

 そこで、保健師として被災地支援活動を行う一助としてこのパンフレットを作成しました。中越震災に関わった多くの保健師の経験やいただいた声を生かすべく取りかかりましたが、不十分なところも多々あります。このパンフレットがたたき台になって、次々と多くの知恵が積み重ねられることを期待しています。

★活動指針

〜健康ニーズに対応する保健師の役割〜

 自然災害の中でも地震災害の場合、災害直後には家屋の倒壊等により負傷者が増大し、医療ニーズが優先されることは十分認識されています。けれども、負傷者が増大するのと同時にときにはそれ以上に避難等により突然生活の場を奪われることにより生ずる「健康ニーズ」を抱える被災者が増大することも事実です。「健康ニーズ」は「環境および生活機能要因、または自己の健康管理から生ずる健康レベルを低下させる問題」と言えます。具体的には、食事・運動・清潔、衛生・湿度、騒音あるいはリハビリテーションや療育等の生活支援を必要とし、関連死や健康状態の悪化を防ぐためのニーズです。
 保健師はこのような「健康ニーズ」に対応する役割を担っています。

健康ニーズの特徴として:

*発災直後より医療ニーズと混在しつつ発生します
*健康ニーズの状態像は多様です
*通常のその地域の健康課題を反映します
*避難の長期化、生活再建のために要する時間により中長期的なニーズとなります

 保健師による支援活動内容は直接的支援だけではなく、ニーズ集約や調整、施策関連にも及びます。保健師の支援活動は以下のように大きく3つに整理されます。

直接支援として:

 安否確認や全体への予防教育的な関わりから、「孤立化」や「取り残され」を防止する一人ひとりの被災者へ声をかけていくアプローチがあります。

ニーズ集約として:

 全戸訪問等により把握した内容を健康ニーズとして集約し対策につなげ、必要な支援を創り出していく活動です。一人ひとりへのアプローチはニーズを集約する手段ともなり得ます。

調整として:

 様々な立場で入ってくる支援者に適切な場で効果の高い支援活動を行っていただくために、また被災現地の保健医療福祉職との調和を取れるよう、ミーティングの企画や記録類の整備等が不可欠になります。

保健師の支援活動

★備えに向けての提言

〜上手に支援を受けるために〜

 大規模災害の場合、一時的に健康ニーズが増大します。個々への対応からそのニーズ集約、そして対策へつないでいくプロセスでは相当のマンパワーが必要となります。災害時に他からの応援を得ると言うことは様々な意味で脅かされる感覚が生じ、誰でも抵抗を感じるものです。けれどもだからこそ、上手に応援を受けるために、平時からの準備が求められます。以下の点について検討しておくことが大切となるのではないでしょうか。

・市町村防災計画における保健活動の位置づけ

・災害時に支援が必要となる方々の把握と役割分担の明確化(できれば地域住民と共同ですすめましょう)

・大規模災害時を想定して受け入れ可能な応援保健師数(これまでの災害経験から全戸訪問に必要なマンパワーは1 保健師/20件~30件/日。或いは1000人以上の大規模避難所の場合保健師3名/日でした)

・専門職ボランティアも含めた応援受け入れ窓口の設定

・記録・報告様式の整備(本パンフレットの様式を活用していただけると幸いです)

・災害関連研修等の計画・実施

★フェーズ毎の支援内容

〜新潟中越震災 保健師活動より〜

 ●初動期 発災〜2週間 (24時間体制)

直接支援
ニーズ集約
調 整
安否確認、住民台帳との照合

・避難所での初期対応

入浴介助、トイレ介助

高齢者への体操、散歩の働きかけ、実施家庭用常備薬、特殊ミルクの配布

・栄養相談の実施

・感染症予防対策(うがい、手洗いの励行)

・災害関連疾患(肺血栓塞栓症など)の予防対策

・生活環境の調整(換気、加湿、ゴミ対策、食中毒予防など)

・被災自治体職員に対する健康管理支援

・避難状況の確認

・災害弱者、要医療者、要援護者の把握

・ポータブルトイレの需要調査

・調査書、地図、統計表作成等の事務

・健康状況把握

要支援者の把握

・役割分担の明確化

・医療との連携、調整

・必要な情報やサービスの調整

・ADL低下予防のための健康体操ボランティアの派遣

・ミーティング(関係者間)

・引継ぎ(現地、次のチーム)

●活動期 発災2週間〜1ヶ月 (一部24時間体制)

直接支援
ニーズ集約
調 整
家庭訪問による要支援者への支援

・継続ケースの支援(独居老人、要介護者

・保健医療福祉サービスや生活情報の提供

・必要な情報やサービスの提供

・避難所の健康相談、健康教育

・生活環境の調整(換気、加湿、ゴミ対策、食中毒予防、プライバシーなど)

・災害関連疾患(肺血栓塞栓症等)の予防対策

・感染症予防対策(うがい、手洗いの励行)

・高齢者への体操、散歩の実施

・栄養相談の実施

・入浴介助

・被災自治体職員に対する健康管理支援

・在宅者のニーズ把握

・調査書、地図、統計表作成、事務

全戸訪問による健康状況把握

要支援者の把握

・精神障害者の居場所確保

・医療との連携、調整など)

・心のケアチームによる巡回相談(不安、不眠、アルコール)調整

・ミーティング(関係者間)

・引継ぎ(現地、次のチーム)

・必要な情報やサービスの調整

●復旧期 発災1〜2ヶ月

直接支援
ニーズ集約
調 整
・処遇困難ケースの支援

・避難所での健康相談、健康教育の実施

・巡回による健康相談

・栄養相談の実施

・感染症予防

保健事業再開

・被災自治体職員に対する健康管理支援

・処遇困難ケースの把握

・仮設住宅入居者健康調査帳票作成

・データ入力

・医療との連携、調整

・心のケアチームへの引継ぎ

仮設住宅入居者健康状況把握訪問の周知

・ミーティング(関係者間)

・引継ぎ(現地、次のチーム)

★派遣保健師に期待される動き

・指示待ちではない主体的な活動

・一緒に考える、判断する(活動の目的・目標の共有、支援内容)

・被災地保健師とのコミュニケーション(被災地保健師へ引継ぐ、報告する、記録を残す)

・被災者であることへの気遣い(被災自治体職員・保健師も被災者である、相談にのる、休ませる)

・データを集約する

・復旧期の被災者支援では通常の保健事業を積極的に活用する(例えば、3歳児健診においても「子供が一人で眠れなくなった」「(災害後)仕事が減少した」など、被災に関わる相談内容が表出される。)

★保健師派遣の終了時期の見極め

◇地形、地理、気候状況により柔軟に対応する必要があります
 終了時期の見極めの検討項目には以下のものが考えられます

・被災者の生活(住居)の見通しが立つ

・被災者が安定する

・避難所数が減少する

・被災自治体保健師が自分たちで「やれる」と思える、実感できる

・保健事業の平常化(通常業務の中での被災者支援の割合が減少する)

・被災地および被災地周辺の医療機関、在宅ケアシステムの復旧・平常化

・被災対応の人員配置のめどが立つ

例)新潟中越震災の場合は以下のように設定しました

・受け入れ市町村において通常業務が開始されるか、またはその見通しがたつ

・避難所居住者が仮設住宅へ入居または自宅へ戻ることにより生ずると予測される健康ニーズへの支援が、県内関係者のみで可能という見極めが出来ること

・降雪時期の予想は出来ないが、被災地が山間地域であり、雪対応の経験がない県からの派遣は危険が伴う可能性が大きいため、派遣元自治体の判断で派遣を中止する場合は新潟県と協議の上決定する。降雪量等は、受け入れ市町村間でも格差があることに留意する。

★派遣期間

・一人当たりの望ましい派遣期間数は1 週間程度(実働5日間は確保する) 

例)

 

★派遣保健師の装備

 共同装備

 1 衛生用品

ウエルパス、絆創膏、うがい薬、アルコール綿、ガーゼ、ディスポ手袋など

 2 生活用品

寝袋、ブランケット、テント、レインコート、カセットコンロ、紙皿・紙コップ・割り箸、レトルト食品、ペットボトル入り水、ラップ、ビニール袋(大・小)、タオル、ウェットティッシュ、ティッシュ、カイロなど

 3 活動用品

地図、訪問鞄(血圧計、聴診器、体温計、ペンライト、ハサミ、爪切りなど)、記録用紙、携帯電話、筆記用具( マジック、ボールペン、ホッチキス、クリップ、付箋、ファイル、決裁版、テープなど)、パソコン、プリンター、デジカメなど

 4 防災用品

災害時保健活動マニュアル、ヘルメット、防塵マスク、軍手、長靴、ラジオ、懐中電灯、腕章・ユニフォームなど

 5 車(公用車・レンタカーなど)

 個人装備

着替え、洗面用具、履きなれた靴、常備薬、保険証、現金、テレホンカードなど

★チーム構成

・ベテランと若手保健師とのペア(できるだけ現地では2人以上で活動する)

・師長の代わりの出来る人(現地での判断、調整能力がある人)

・事務職・・・調査内容をパソコン入力、車の運転が出来る

・運転手(事務職が兼ねることもあり)・・・不慣れな土地、悪路での運転が出来る

< 資 料 >

 


終わりに

 このマニュアルは、川口町で活動した国立高度専門医療センターならびに独立行政法人国立病院機構に属する病院の活動を中心に作成したものです。内容としてはまだまだ付け加えることが多くあるかと思いますが、それぞれの機関や施設でさらに詳しい内容を加えていただき、それぞれが使いやすいものに改定していただければより充実したものとなり、更に多くの方々に使っていただけると信じております。

 本マニュアル作成に当たっては、厚生労働省による厚生労働省科学研究費補助金厚生労働科学特別研究事業によるところが大であり、担当者の方々ならびに新潟県中越地震における災害医療支援に参加し、本マニュアル作成に協力していただいた方々に深謝申し上げます。

 また、被災地においては今なお震災の影響が残り、被災者の皆様がご苦労されておられることと存じます。一日も早い復興をお祈り申し上げます。