集団災害時における一般医の役割

〜 Mass-gathering medicine 〜

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5.NBC災害

(1)NBC災害の特徴

 放射性物質や生物剤、化学剤による災害、いわゆるNBC災害は、特殊災害と呼ばれる。NBCを用いた兵器が脅威となるのは、通常の兵器に比べ、少ない労力で多大の被害を与えることができるからである。2平方kmの範囲に被害を及ぼすためには、通常兵器では2000ドルかかるのに対し、核兵器では800ドル、化学兵器は600ドル、生物兵器は1ドルかかると言われている。

 NBC共通の特徴としては、大量被災者が出ると想定されていること、Mass−gatheringにおいては脅威となること、発生する頻度が低いことにもかかわらず、対応に特別な知識が必要であること、通常の災害対応に加え、診療に携わるものの防護や患者の除染が必要となることがあげられる。

 このような共通の特徴がある反面、NBCそれぞれで、特異な点もある。化学剤は、異臭がする等、五感で分かるものもあるが、放射線や生物剤は、五感では分からない。また、汚染については、放射性物質によるものについては、サーベイで検知することができる。また、放射線や生物剤によるものでは、症状は遅延して現れる。特異的な治療の有無に関しても、それぞれ異なる。

(2)NBC災害への対応

 このようなNBCによる災害に対応するためには、通常の集団災害対応に加え、ゾーニング、防護、除染が必要となる。これらのことについて述べていきたい。

*ゾーニング

 ゾーニングとは、特定の目的のために区域を指定することである。NBC災害におけるゾーニングは、汚染の拡大を防ぎ、二次災害を防止すること、より多くの命を救うために、被災者の動線を整理し、救助救護活動を効率的にすることを目的に行われる。

 NBC災害が発生した場合、消防や警察は対策本部の情報と風向き、高低等、周囲の状況を合理的に判断して、直ちにゾーニングを行う。高濃度の汚染が疑われる区域は危険区域として、高度防護服を着用した者以外立ち入り禁止とする。高濃度の汚染はないが、今後、人の移動等に伴い、汚染が拡大する可能性のある区域、汚染管理のために必要な区域を準危険区域(緩衝区域)とする。この区域は消防により管理、閉鎖されている。さらにその外側に警察による立ち入り制限のための区域が設定される。

 NBC災害では、この区域を意識して患者の動線を設定する。汚染を拡大させないという見地からも通常災害の動線と同じように、患者の流れを一方向にすること、重症群と軽症群の動線を重ならないようにすることを原則とする。発災直後は、被災者がパニックに陥らないよう説明し、また、動き回らないように指示する。その後、危険区域が設定されると、その中では防護服を着用した救助者が傷病者の救助を行う。準危険区域には、除染等の処置を行う場所を設ける。また、非汚染患者や除染済みの患者の処置のための場所は、準危険区域の外に設ける。

*防護

 NBC災害に対応するためには、医療従事者等の作業者は、二次災害を防ぐために、防護措置を施す必要がある。そこで、この防護について述べていきたい。

 救助者が、危険物への曝露時間を最小に抑えること。曝露物質から距離をとる、遮蔽することにより、影響を最小限にすることができる。従って、作業においては、危険地域にいる時間を最小にすること、可能な処置はできるだけ距離をおいたところで行うことが原則である。防護服は、主に危険物と体を遮蔽するために用いられるが、防護服を着用した場合においてもこの原則は忘れてはいけない。

*コラム〜NBCの防護服 ※別ページに掲載しています。

*除染

 除染は、NBC物質の患者の体内への取りこみを減らすこと、救助者、医療従事者等への二次汚染を防止することを主な目的に行われる。

 現場の除染工リアにおいては、救助されてきた患者に対し、まず、トリアージを行う。トリアージにおいては、医療的に応急処置が必要かどうかを判断する。緊急な処置を要する患者に対しては、まず、応急処置を行い、その後、脱衣、皮膚表面の除染を行う。緊急を要さない患者に対しては、まず、脱衣、皮膚表面の除染を行い、その後、医療処置を行う。処置により汚染が広がる可能性のある区域とない区域は、汚染、非汚染ラインで明確に分けられる。このラインを越えるためには、患者も医療従事者も、汚染がないことを確認すること、汚染の可能性のある部位を覆い汚染が広がらないようにすること、汚染している衣服を替えること等が必要である。

 除染の第一歩として、まず、汚染された服を脱がせること、「脱衣」が行われる。体の大部分は服に覆われているので、汚染の多くは、服についているものと考えられる。脱衣により、汚染は90%軽減されると言われている。

 脱衣を終えた患者には、皮膚表面の除染を行う。曝露した物質が不明の場合や、生物剤に曝露した場合では、汚染の有無、汚染された範囲は判別できない。そこで、シャワー等を用いて全身を洗浄する必要がある。シャワーを用いる際には、水が口や鼻等の開口部から体内に入らないよう十分注意する必要がある。また、除染に用いた水は、汚染物質を広げないために貯蔵する。

 一方、放射性物質による汚染は、サーベイにより検知できる。汚染されている範囲の特定、除染の効果の判定が可能である。また、除染の遅れが、生命予後に直結する可能性は非常に低い。従って除染は、汚染部位を特定し、その汚染部位以外を覆い、汚染が広がらないように工夫して行う。

 体表面汚染の有無の判断、汚染部位の特定には、主にGMサーベイメータが用いられる。β(ベータ)線、γ(ガンマ)線を検知する。

 また、除染においては、汚染の拡大を防ぐため汚染部分以外を覆った上で、創部では生理食塩水等を用いて行う。また健常部の皮膚では、ふきとりを基本とする。必要があれば、水や石鹸等を用いて除染する。


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